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2016年度 中部支部 第1回研究会

Posted in 研究会 on 9月 16th, 2016 by admin – コメントは受け付けていません。

2016年度 | 日本映像学会 中部支部 | 第1回研究会

日時:2016年10月08日(土)14:30〜18:00頃
会場:情報科学芸術大学院大学(IAMAS)ソフトピアジャパンセンタービル4F ホールA
(〒503-0006 岐阜県大垣市 加賀野4丁目1−7)

◎スケジュール
 -14:30-14:35 開催校挨拶
 -14:35-15:00 研究発表:赤羽亨会員、池田泰教会員、小川圭祐氏、田中翔吾氏
 -15:05-15:30 研究発表:洞ヶ瀬真人会員
  休憩
 -15:45-17:15 ご講演:水野勝仁会員
 -17:15以降 支部総会

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◎ご講演

GUIの歪み
水野勝仁会員(甲南女子大学講師 / ネットアート, メディアアート, インターフェイス研究者)

要旨:
写真家の小林健太は自らを「GUIネイティブ」と呼び,「自分が何かと接する時に,その間に何かフィルターが介入していて,歪みが生じている.そういう状況に慣れきったような感覚」があるという.小林が言うように,デスクトップメタファーからフラットデザイン,マテリアルデザインといった流れをもつGUIは,物理世界の再現を目指すわけではなく,その構造のみを取り入れた独自の世界をディスプレイに展開してきたと考えられる.GUIを操作し続けるヒトには,物理現象に還元できない表象がつくる物理世界を裏切るような歪んだ感覚が蓄積してきた.「ポストインターネット」と呼ばれた状況以後,この蓄積された感覚が閾値を越えて,作品として現われ続けている.今回の発表では,GUIによる歪んだ感覚を示すふたりのアーティストを取り上げる.ひとりは先述の小林であり,もうひとりはベクター画像の特性を活かした作品をつくり続けるラファエル・ローゼンダールである.小林とローゼンダールの作品を通して,GUIの歪みを示していきたい.

水野勝仁氏プロフィール
1977年生まれ.甲南女子大学文学部メディア表現学科講師.メディアアートやインターネット上の表現をヒトの認識のアップデートという観点から考察しつつ,同時に「ヒトとコンピュータの共進化」という観点でインターフェイスの研究も行っている.主なテキストに「モノとディスプレイとの重なり」(MASSAGE MAGAZINE),「メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路」(ÉKRITS)など.

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◎研究発表(2件)

3Dスキャニング技術を用いたインタラクティブアートの時空間アーカイブ

赤羽亨会員(情報科学芸術大学院大学 准教授),池田泰教会員(名古屋造形大学 非常勤講師),小川圭祐氏(東京工芸大学 助教),田中翔吾氏(情報科学芸術大学院大学 M2)

要旨:
本研究は、インタラクティブアート作品を題材に、作品と鑑賞者の間に生じる様々なインタラクションを、3Dスキャニング技術を用いて記録する手法を確立し、それを以って、時間軸を持った空間情報アーカイブ=「時空間アーカイブ」を開発することを目的とする。
これまで3Dスキャニング技術のアーカイブへの応用は、考古学、博物館の所蔵品アーカイブ分野で試みられてきた。それらは形状の保存を主な目的としてきたが、本研究では、時間的変化を扱うため、時間軸を持った空間情報を取得する装置の開発が新たに必要になる。
本発表では、研究の概要と共に、これまでに開発してきた3Dスキャニング技術を用いた撮影装置と、それらを用いた撮影実験の実例について報告する。
(本研究は科研費(15K12841)の助成を受けている。)


増幅されたシネマティズム――『桃太郎 海の神兵』の知覚的プロパガンダ戦略をめぐって

洞ヶ瀬真人会員(名古屋大学大学院国際言語文化研究科学術研究員, 中部大学他非常勤講師)

要旨:
戦時下の日本で制作された多くの戦争関連映画は、その時に戦われていた戦争の全体像を国民に伝えようとしている。しかし、その映画が当時唯一の映像音声メディアとしての力でつむぎだす全体像の陽気なイメージからは、戦争協力にいそしむ映画産業が生み出した様々な工夫によって、戦場の悲惨な現実が巧みに取り除かれていた。たとえばマーク・ノーネス(Japanese Documentary Films, 2003)が述べるように、戦時下のドキュメンタリーでは、クラカウアーが分析したナチスのプロパガンダ映画同様、日本人兵士の残酷な暴力(自分たちやその敵が戦闘で受けたものと、彼らが植民地の人々に対して行ったものの両方)が、映画編集やナレーション技法などを駆使して隠蔽されている。こうした戦争の暴力を消去する傾向は他のジャンルでもみられ、劇映画だけでなくアニメ映画ですら、血が流れる場面は描かれず、兵士の死は暗示的な表現に留められていた。そのうえ、戦時期の劇映画・アニメ制作者は、こうした戦場の現実に反した表現に矛盾するように、特殊効果や透視図法などの技法を用い、映像音響的なリアリズムで戦場や兵器を精巧に表現しようとつとめていた。近年、大塚英志や笠井潔などの「ジャパニメーション」の批評家は、その文化的起源をこうした戦時期の営みのなかに見出している。
本発表では、このような問題が典型的に現れている作品のひとつ、アニメ映画『桃太郎 海の神兵』(1945)を取り上げ、用いられた映像音響的リアリズム描写の手法がどのようにして、戦場の暴力的現実に触れることなく、描かれた戦争を現実的に観客に伝えるプロパガンダとして作用していたのかを分析する。トマス・ラマールが論じる「シネマティズム」というアニメ・映像の視覚的特性や、当時今村太平が著わしたアニメーションや映像音響についての論評、さらには「縫合」といった映画理論を重ね合わせながら、従来の「プロパガンダ」観からは捉えにくい、戦時期の日本映画が抱える知覚的プロパガンダとしての性質を明らかにしてみたい。

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◎会場へのアクセス
 http://www.iamas.ac.jp/access

◎駐車場やバスなどの補足情報
 http://maedashinjiro.jp/iamas_map_2016/